「オイ」
「起きろヨ」
枕元から声が聞こえた。
けど、俺はそれを無視する。・・はずだった。
「ねぇ、聞いてる?」
「聞いてない」
「聞いてるじゃねぇかぁ!」
怒声とともに、繰り出された蹴りを素早く横に転がって避ける。どうせもう蹴りだして来ないだろう、という読みは当たり彼女は枕元に立ったままだ。
静かなうちに、と携帯の表示を見るとまだ夜中の二時だ。
遊びに来るには遅すぎるし早すぎる。一体なんの用だろうか。
「・・何しに来たんで?」
「淋しいから遊びに来ただけアル」
・・そりゃあ淋しいだろう。あの場所じゃ。
「俺ァ眠いんで寝やすよ?気が向いたら、ってか朝までには帰りな」
「うわっ冷たいアルネ!人がせっかく土産持ってきてやったのに!いいヨ、帰ってやるアル!ありがたく思うヨロシ!」
どこかおかしい(ありがたく思えって勝手に不法侵入してきて何言ってんだこの馬鹿チャイナ)台詞の中の“土産”の部分に反応しそうになったが、どうせろくな物ではないだろう。
「・・土産が何か知りたいアルカ?」
「別に誰もんな事言ってねぇだろィ?」
呆れながらも神楽のほうを顧みる。
ジャーン、としょぼい効果音とともに目の前にだされたのは、赤いお守り。
「コレ・・・」
「私の宝物アル。お前にくれてやるヨ」
貰っちまって、いいのだろうか。いつも肌身離さず持っていた物なのに。確か、外国に住む親父さんから貰った物だったはず。
「ほら、やるっつってんだから受け取るヨロシ」
「・・ありがとう」
それから色々話した。チャイナが小さい頃「七夕にはミルキーウェイができるんだ」と教わり七夕の日に屋敷から門まで(だいたい100mぐらい)不二家のミルキーを敷き詰めた事とか、小学生の頃学校で大喧嘩して教室を全壊し損ねた―――ではなく半壊したとか。
そんな昔話をしていたら、空が明るくなってきた。
「チャイナ、もう帰りなせぇ」
神楽はその言葉に俯いた。そして眉を哀しげに寄せ叫んだ。
「帰らないヨ・・・ッ!」
「・・帰れ」
「ずっと一緒にいよう・・」
瞳に涙を溜め告げる。いつもの神楽なら、口がさけても言わないだろう。そう、いつもの彼女なら。
「お前はもう死んでるだろィ?チャイナ」
悲しい事実を神楽につきつけている沖田も、いつもの明るい表情とはかわって切なそうにしている。
最初、チャイナの声が聞こえた時、夢だと思った。夢にまで見る程俺はチャイナの事が大事だったのか、と思った。だけど、幾分待っても、夢から覚めない。早く覚めてほしかったのに。朝起きたとき、辛いだろうから。
明けていく空を見て、やっと夢じゃなくて現実だと気付いた。これは幻想なんだ、と。
「何も云わないで・・。そしたら一緒アルヨ?ずっとずっと」
泣く彼女を見るのは二度目だ。死に際と、今。もっと早く、素直に言ってくれてたなら・・。未来はかえられたかもしれない。
「安心しろィ。チャイナはずっと俺の心ン中にいまさぁ・・・ってくさすぎまさぁね」
ドラマの主人公って、何故にあんなベタな台詞が言えんだ?こんなん言っただけで俺は恥ずかしいのによ。
「・・お前が寝たら帰るネ。何かあったら私の名を呼ぶがいいアル。あの世からでてくるヨ」
・・。チャイナはなんで素でこんなこと言えんだ?普通、言われる立場なのに。
「・・おやすみ。寝首かくなよ」
「それもいいアル。・・おやすみ」
間もなく、俺は眠りという名の沼へ落ちた。
目が覚めたとき、当たり前のようにチャイナはいなかった。あれは夢か現つか―――?
「・・!」
ふと枕元のある物が目についた。
それは赤い、お守り。
棺の中にいれていた物だ。・・という事は。あれは夢ではない、のか・・・?
「・・チャイナ」
試すように小さく呟いた。“なぁに?”と小さく声がきこえた気がした。
甘い・・。