管理人・白野 識月<シラノ シキ>の暴走度90%の日記です。 お越しのさい、コメントしてくださると嬉しいです。
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昨日はS高校の文化祭へ行ってきました。文芸部とか、図書委員とか凄く楽しかったです。入れるかなァ。入れるといいなぁと思いますが。

それでは軽く注意しといた方がいいらしき小説です。










深く深く、沈んでいく。
重力に、負けそうになる。
虚ろになる意識の中、助けを求めても堕ちるだけ。





ローレライ





急激に冷えた風を受け手を摩る。正面にそびえる時計塔を見上げるが、時計はさっき見た時刻より二分進んだだけだった。

寒い。

昨日まで暖かかったから油断していた。こんなに温度が下がるなんて地球は大丈夫なのか?いや、地球温暖化が問題になってるし大丈夫なはずがない。
じゃなくてそれ以前にとてつもなく寒い。地球の心配よりも自分の心配をすべきだ。とは言っても悪いのは俺じゃあない。待ち合わせに遅れた(というか現在進行形で遅れてる)アイツ―――――総悟が悪い。

俺らが、定期演奏会で組むと決まったのは一昨日のことだ。一年のヤツが三年と組む、なんて前代未聞で、それだけアイツは将来を渇望されてるんだと今更知った。
親が有名な音楽家でもなければ、幼い頃から英才教育を受けているわけでもない。それなのに、世界に名を馳せているバイオリニストをスポンサーにつけ、こんな日本屈指の音大に入れたのは実力だけじゃない。運、とかそういうもののお陰だろう。
実力だけしかないヤツはこういう特殊な世界ではやっていけない。運も実力の内とはいうけれど、実力は努力次第で変わるが運はどうしようもない、そう思う。

俺にはそのどちらも、無いけれど。


定期演奏会に向けて曲だけでも決めやしょう。そう言ったのはアイツなのに。約束の時間を十分過ぎて、帰路につくバイオリン専攻の群れも粗方消えた。
鼻水が垂れそうだ。冗談抜きで風邪引く。
誰かに聞こう、そう思ったちょうどその時、ご都合主義よろしく数回総悟と一緒に居るのを見掛けたヤツが視界に入った。
「なぁ、」
「あっ、土方先輩」
あれ、俺有名なの?という問いが頭に浮かんだけれどきっとアレだ、総悟が俺とやるとか言ってたんだろう、文句と一緒に。
「総悟は?もう帰ったのか?」
こういう時、専攻別になっている学舎が煩わしい。
「ああ、沖田さんなら今日休みですよ」
「・・・休み?」
あの厚顔無恥で天邪鬼で病弱そうな見た目に反して病原菌を弾き返しそうな、総悟が?
何それ鬼の霍乱か?

顔にそんな考えが表れてたのか、総悟の友人Aは聞いてもいないことを色々と話した。
「沖田さんて、月に一週間は休むんですよ。入学したときから毎月必ず。本人に聞いたら病気だ、って言うんですけど疑問に思って、二、三ヶ月前にそうなった時に見舞いに行ったんです。でも門前払いくらっちゃいました」
病気、とかいいつつ24のビデオ見てたりゲームとかしてそうな気がする。
嘘か真か、確かめに行くか。
でも、アイツが何処に住んでんのか、知らない。寮にいる、と思うのが妥当だが、俺みたく近所にマンション借りたりしていそうだ。
「寮に居んのか?」
「いえ、近くのアパートに。住所教えましょうか?」
「ああ。頼む」
コイツが個人情報をそう易々と他人に告げるヤツだと、総悟は知ってるのだろうか?
少しだけ気の毒に思える。
「―――――はい、じゃあどんな様子だったか報告してくださいね」
「気が向いたらな」
後ろ手にひらひら手を振り、住所が書いてあるメモに目を落とした。


メモ通りに道を行くと案外俺ン家の近くにある、一年ぐらい前に出来たアパートに着いた。
本当に、近い。目と鼻の先、って言葉通りだ。

一階の最も遠い部屋の表札には、拙い字で『沖田』と書いてあった。
インターホンをゆっくりと押してみる。ピンポーン、とありきたりなチャイムが木霊する。
木霊するけれど返事が無い。
「総悟!入んぞ」
ガチャ、とドアノブを回すと小さく音をたて扉が開いた。
土曜ワイド劇場とかでよく見る第一発見者のような気持ちで、室内に入る。
死体が転がってる、とかだったらどうしようなんて馬鹿げた事を考えつつ、靴を脱ぐ。
薄暗い廊下兼台所の先を見ると、障子の隙間から足が見えた。宙に浮かんでいる、足が。
えっ、と驚き目を瞬く。落ち着いてよく見ると、ぼんやりと障子にピアノの影が出来ている。
安心するけど逆に何でそんなとこにいるのだろう?と疑問が増える。まさか、冗談抜きで火サスのノリか?
そんなわけない、とは分かっているけど緊張してしまう自分を叱咤し、えい、と意気込み、けれど静かに障子を滑らした。

「・・・あ」

カーテンの所為か青い光が差し込む質素で家具らしい家具が無い部屋の真ん中に、黒く輝くピアノが置かれている。その上に、総悟は静かに横たわっていた。

―――――まるで、海の果てのような幻想的で淋しげな部屋。

一歩も動けないでいたら、深紅の双眼が俺を射止めた。
「・・・っ!」
悪いことなんざしてないのに、何故こんなに驚いたのか・・・って立派に不法侵入しているけど。
「―――――土方さん」
「・・・起きてたのかよ?」
「ドアが開いた時、ちょうど」
「お前ホント質悪ィ」
ハァ、と溜め息混じりにしゃがみ込む。もぞ、と総悟が身動ぐ気配がしたから起き上がるのか、と思ったら寝返りをうっただけだった。
「・・・起きねぇの?ってか具合悪いんだっけ、お前・・・」
「具合悪すぎて動けねぇんでさ」
立ち上がり間近で顔を見てみると、確かに普段から白い頬が更に白くなっていて、目はいつもより儚げな色をしている。
餓鬼の頃ショーウィンドウ越しに見た、アンティーク・ドールを思い出した。落としたら壊れてしまいそうな繊細さ。

なんっっか調子狂う。

椅子に腰掛け、鍵盤の前に座る。
クルリと総悟はうつ伏せになり、無造作に鍵盤を弾いた。部屋に、無機質な音が響く。
「・・・毎月こうなってんのか」
「ええ」
覇気が無い上にいつもの饒舌は消え失せている。これ、本格的にヤバそうな気がする。
病院行った方が良いんじゃないか?この近所に病院あったし。
「病院行くぞ」
「ヤでさァ!・・・それに餓鬼の頃行ったけど体質だとか原因不明だとかそういう風にしか言われやせんでした」
「・・・じゃどうしたら治るんだよ?練習した方がいいだろ?」
未だ一ヶ月もあるけど、悠長に構えては居られない。一ヶ月は長いけれど互いの癖を理解し、良い方向に持っていくには一ヶ月じゃ短い。
「ピアノ、弾いてくだせぇ」
「ってか何でピアノあんの?お前バイオリンだろ」
「ピアノの存在感が好きなんでさァ」
何その理由。そんなちっぽけな理由で何十万もするピアノを部屋に置いといてんのかよ。勿体ねぇ。ってかその金は何処から?
「それに、少しはピアノ弾けやすし。先生に薦められてコンクール出たらまぐれで受かっちゃって。先生驚いてやした」
「お前、天才?神童?」
「ピアノとバイオリン以外勉強も料理も何もかも出来やせん」
・・・神様ってもんがいるとしたら、才能とか運とかそういうもんを平均的に分けてるんだと思う。
ここまで極端なヤツは珍しいだろうけど。
「さ、弾けよ土方」
「何様だよお前。何弾いて欲しいんだ」
「ツィゴイネルワイゼン」
・・・ツィゴイネルワイゼンってそれ、バイオリン用の曲じゃん。ピアノとバイオリンで演奏することもあるけれど、それはピアノ演奏者がバイオリン演奏者に合わせなければいけないから一回は相手の演奏を聞かなければできない。
・・・それに、あの曲あんま覚えてねぇし。
「分かるだけでいいから、どうぞ?」
ハァ、と溜め息を溢し、頭の中で曲調を思い出す。それを音符に直し指先に伝える。

所々間違ったとこもあったけれど、何とか、大体弾けた。
「お疲れ様ァ。いい演奏でしたぜ?」
「お前ムカつくな・・・」
「ご褒美にチューでもしてやりやしょうか?」
「マジいらねぇ。止めてください」
「素直じゃねぇですねィ。しょうがないなぁ」

チュッ。

突如顔が近付いてきて、赤い唇が、俺のそれに重なる。
固まった俺を見て、復活した悪魔がニコリと笑った。

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