牛乳にあたりました。
牛乳との相性悪いんですよ、私。トイレに住もうと本気で思いました。
なんで牛乳を温めなかったのだろう。
それでは初期沖田と土方で百人一首。
明けぬれば 暮るるものとは 知りながら
なほうらめしき 朝ぼらけかな
絹の宝石
下品な程真っ赤なネイルを施した白い指先を小鳥が舞い、歌う。
チュチュ、とさえずる声を子守唄にし瞼を閉じて、その先に広がる暗闇を見つめる。
眠くて眠くて仕方がない。けれど夜は眠れない質で、深淵を前に溜め息を吐く。
ふと、さえずりが止み瞼を開くとバサバサと小鳥は翼を広げ飛び立って行った。
─────私も飛び去りたい。
この世から。
紅柄格子の外の暗黒へ吸い込まれていく白を目で追い、だんだんと接近してくる足音を耳で捉える。
毎週土曜夜九時。
彼は必ずやって来て、私の時間を奪うのだ。
カラカラカラ、と襖が開く。二、三回足音がして、視界に写っている障子が開かれた。
何とも言えぬ微妙な表情の彼を見て、今日は長引きそうだなとあたりをつける。
愚痴とノロケと世間話。四時間ですむだろうか?
「ちょっと聞いてくんね? 苺好きって聞いたから、箱ごと苺あげたらフラレたんだけど」
「そりゃあ引きますからね。フラレて当然」
ちょっと、とか云っても最短で一時間は話してくるくせに。私の迷惑を考えろっつーの。
とことこと歩み寄って来て、テーブルの向こう側に座ろうと彼は上着を置き、腰を下ろす。けれどすぐに立ち上がり、格子の隙間から手を伸ばし、窓を閉め始める。
「夜風は体に悪いって知ってんだろー? 来るたび俺が窓閉めてんぞ」
「そんなのどーでもいいですよ。それよりも、さっさと帰ってくれると嬉しいんですが、土方サン」
私は眠いんだから。
いつもこう言っているのだが、私が夜は眠れないことを知っている彼は遠慮もせず夜通し語る。
幼馴染みだというのも影響している。
子どもの頃から彼は暇さえあれば私のところへ遊びに来ていた。此処に住んでいる誰よりも年が近いから。
いい迷惑だ。
「あのなぁ、女は体を労らなくちゃいけねーって母ちゃんが言ってたんだよ。だから、お前自身が先ず自分を労れ」
「私母さんいませんから。そんなの、聞いたこともない」
「………」
墓穴を掘ったと顔がサァッと青冷める。そんなの私は気にしてないのだから、どうせなら自分の長話が私を困らせていることに気を使ってほしい。
立ち尽くしたままの土方を放って、茶を煎れに立ち上がる。裾の長い着物をいつものことながら引きずって、湯呑み等を置いている床の間の前によいしょっと呟き座る。
コポコポ、と茶を入れていると、茶柱が。何かいいことが起こるといいのだが。
「俺さぁ、どんな人と付き合っても長続きしねぇよな。どんな娘ならいいと思う?」
土方の前に茶を置く手が一瞬だけ止まる。が、気付かなかったようだ。
何食わぬ顔して自分の前にも置き、さっきと同じようにテーブルにうつ伏せになる。
なんでそんなこときかれなきゃならないんだ。私は土方と付き合った覚えはない。其れ故に土方と相性が良い女の子のタイプなんて知らない。
「そんなこと聞かれてもね。自分で考えろよ土方」
「言葉使い変わってんだけど。───お前となら上手くやれんのかな」
オイ、なァ、お前。
私を代名詞以外で呼ぶくせに、上手くやれるとか思わないで頂きたい。
こんな私にでも固有名詞はきちんとあるのだから、それで呼べばいい。
それに、傍に居て互いの悪いところも知りつくしているのだ、付き合ったらすぐに終わると思う。
“友達”だから、こんなに長い間私たちは傍にいられたのだ。
「冗談は顔だけにしてください」
「ひでーこと言うよな、相変わらず」
言わせているのは自分だと、早く気付きなさいよ。
昔からずっと浅はかで愚かで、その言動に悩まされてばかり。そんな土方なのに、何故もてるのか計りかねる。私と社会一般の女の子では好みが違うのだろうか。女心もわからない、鈍い男なのに。
「プライド高いよな、お前」
「土方さんがプライドないからそう感じるだけですよ」
本当に愚かで浅はかで。
その口から飛び出る甘い冗談に私が振り回されていることも、私がどう思っているかも、十何年も傍にいるというのに知らずにいる。
なんで、こんな愚かな人を。
一番愚かなのは私だ。
#52
PR