真実、なんてものは人それぞれだ。
思考回路
「ん~」
「あ~」
「ん~~」
先程から十秒おきに続く唸り声に苛立ち、手元が狂い、春華は磨いていたビー玉を落としてしまった。
「・・・。五月蠅ぇよ」
「えっ・・・?」
今度は勘太郎が、鼻と唇とで挟んでいた鉛筆を落とした。・・話しかけられるとは思っていなかったらしい。もしかしたら、春華がこの部屋に居る事さえも忘れてしまっていたかもしれない。
一生懸命考えゴトしてたのに五月蠅い、とは失礼だ。
勘太郎は眉をへの字にし心の中で憤慨した。
「考えンのは勝手だけど、唸んのは止めろよ」
「だって唸んなきゃ考えらんないモン」
勘太郎の餓鬼臭い返答に、春華は呆れ返り溜息を一つついた。
勘太郎は、本当に変な癖がある。人間じゃない俺から見ても、可笑しい。
「じゃあ、考えんの、やめろ」
「それって仕事するなー、って言ってる?」
嬉々とした表情で声を弾ませて言う勘太郎を一瞥し、春華は背を向けた。これ以上話したくない。
そして翼を出し窓から飛び立とうとしたその背に、勘太郎は真顔でぽつりと呟いた。
「でも、ね」
「・・・あんだよ」
「ヒトは考える事をやめられないんだよ」
そこで漸く春華は勘太郎を顧みた。頬杖をつき煙管を片手に煙をはく姿は、春華の目に頭が良さそうに映った。
勘太郎は諭すように続けた。
「悩み、苦しみ・・・ヒトは生きてゆくからね。勿論、妖怪達も」
と笑顔で“妖怪達も”と付け足すところが勘太郎らしい。
「人の生きる価値・・・生きる意味でもあり、生きた証にもなるんだろうね」
生まれた疑問の数が、その人の生きたアカシ・・・。
中々、文学者らしいことを言う。本業がそうだからか、勘太郎はたまに鋭い事を言う。
たまに、だが。
「という訳で、一緒に考えよう!春華!」
「・・・何を、だ?」
何故か、嫌な予感がする。寒気が・・・。
「天狗の羽って―――――・・・・・」
そこまで勘太郎が誇らしげに告げたところで、春華は脱兎のごとく窓の外へと飛び立った。
無駄な事だと、わかっていながら。
「春華ぁ~。戻っておいで~」
ありえないくらい、本当にずるいと思う。こんな、どうでもいいような(勘太郎にとっては大切な事かもしれないが)事に名前の効力を使うなんて。
いつか絶対ぐれてやりたい。まぁ無理なのだが。
自分の意志に反して勝手に戻ろうとする体にイライラしつつ、勘太郎の顔を睨みつける。
―――――やはり、思ったとおり、黒い笑みを浮かべている。
「さ、春華。今度逃げたりしたら茶碗わるからね」
卑怯だ。人質ならぬ、品質だ。俺にとって茶碗がどれだけ大事か、わかっているからこそ、こんな事をするんだ。
マジでやるかもしれない、という一抹の不安を胸に、そろそろと歩み寄る。
「さぁ春華。楽しい勉強の時間だよ」
笑顔で告げる勘太郎に春華は引いたが、逃げる事は許されない。
楽しくなかった、というか拷問だったのは言うまでもない。
かんちゃんてイジメられっこですよね。そんなかんちゃんのいいようにされてる春華は可哀相。新刊はいつ発売でしたっけ?