誰かが言っていた。“夜は淋しく、人肌を求めずにはいられないものだ”と。
俺はそんなの、信じてないし、そう言ったヤツを愚かしいと思った。
人は独りで生まれ、生き、そして死にゆくのだから。
Ma cherie 第七話
「あのよ、泊めてやる、とはそりゃあ成り行きで言ったぞ?でもよ、飯ぐらいてめぇで作れ」
仁王立ちする土方の目の前には、ソファを独り占めし、煎餅を食べている沖田の姿が。呑気にテレビが見れない、と嘆いている。
「うるせぇ。厄介になんならそれぐらいしろ。鶴だって恩返しすんだぞ」
「・・・じゃあお礼にキスしてやりまさぁ。いままでのより、濃厚なヤツ」
クスッ、と笑う沖田の顔面目がけクッションを投げ付けた。が、想像どおり、手でガードされた。
「このキス魔!さっさと飯作れ!」
「顔真っ赤ァ~」
言外に想像した?と指摘された気がして、さらに顔が熱くなったのが自分でもわかった。
「うるせぇ!作れ!」
それを誤魔化すように怒鳴ったが、きっと無意味な事だっただろう。
沖田はいままでの茶化すような表情から一変し、真顔で言った。
「俺、飯作ったこと一回しかねぇんでさァ」
「ハァァァ!?」
一回、てありえないだろう。今のご時世、男でも料理をするのが普通だし、小・中学校でも授業であったはず、である。
信じられない、といった表情で口をパクパクさせていると、沖田はさらにありえない事を言った。
「しかもそんとき、米洗うってきいて洗剤いれてたわしで洗ったし・・、サラダは何でか焦げてたし、味噌汁は固体になってたし・・」
「もういい!」
生理的嫌悪を感じる沖田の武勇伝に、土方は終止符を打った。
家事全般をそつなくこなす土方は、不思議に思うばかりだ。何故、サラダが焦げるのか。米のとぎ方は袋にかいてあるし、味噌汁は科学的に固体には成らないはずだ。
「・・・俺作るから風呂でも入ってろ」
もう駄目だ。コイツはきっと掃除も洗濯も―――家事は全て、出来ないだろう。
「はーい。じゃあお先失礼しやーす。あ、着替えよろしく」
・・・そういえば、大学から直で来たから着替えは一切持ってないのか。たしかパジャマがあった気がするからそれ出しゃあいいな。
「わかった」
「じゃ、覗かねぇでくだせぇよ?」
「覗くかっ!てめぇじゃあるまいし」
女ならまだしも、野郎の風呂なんざ覗きたくもない。
「・・・あ、期待してるんで?じゃあ覗いてやんなきゃなァ・・」
失言だったらしい。総悟はマジでやりそうだから怖い。まぁ、流石な覗いてはこないと思うけど。
さてと。煩わしいのがいないうちにやってしまわないと。
「土方さーんっ」
「のわっっっ!!」
ちょうど味噌汁の味見をしようとしてたところに沖田が抱きついてきた。
零れなくてよかった。
じゃあなくて。
「あっぶねぇだろ!」
「しょうがねぇだろィ?転けそうになったんだし」
「お前思いっきり俺の名ァ呼んでただろ」
「・・・気のせい」
ぎゅう、と土方を抱き締める腕の力が強くなった。これでは剥がせそうにない。
「ん~。いい匂い」
「そうかよ。さっさと離れろ」
「いいじゃねぇか。この匂い好きなんでさァ」
「そりゃありがとな。退け」
大きな猫と戯れているような変な感覚に陥りながらも、引き剥がそうと沖田の手を掴む。
すると、スルリと存外簡単に剥がせた。が、その手が横腹を擽り始めた。
「ちょっ・・・待っ・・!やめっ・・・」
「いいだろィ?易々と離れてやったんだから」
「ひゃっ・・・!」
背伸びをし、耳元に息を吹き掛ける。すると、ビクッ、と土方の背に悪寒が走ったのがわかった。新発見だ。クールを装っている土方がこんなにも擽りに弱い、なんて。
やっぱり、可愛いなァ。
この人。
「・・・まっ・・まじ・・悪かっ・・・」
身悶えながら土方は謝った。こんなにも擽られるのが弱かったとは。自分でもびっくりだ。
「ま、こんなもんで許してやるか」
また一つ、弱点がわかったのだし。
・・・裏いき?