“記憶”なんてものは人にとってとても都合よくできている。日常生活だと、「なんで嫌な事ばっか覚えてんだろ」とか思うけれど、自己防衛機能はちゃーんと付いている。本当に都合が悪い事は忘れ、“自分”を壊さないように。
ふとした瞬間、フラッシュバックするけど、ね。
Ma cherie 第六話
昔の、夢を見た。
戻りたいけれど戻りたくない時の夢を。
重い目を擦り顔を上げると、そこには沖田の姿が。
「あ、起きやした?」
パタン、と分厚い本を閉じ、沖田は頬杖をつき此方を見てくる。
なんで、コイツがいるんだ?
辺りを見回すと、其処は見慣れた自分の部屋ではなく本棚が並んだ広い部屋だった。
上体を起こしても尚、悩んでいるとにこつきながら沖田は言った。
「ここは俺の大学の図書館ですぜ」
嗚呼。成程。昼に、図書館で待ってろっつわれたから俺は律儀にも待ってたんだ。で、本読んでたら眠くなって・・という訳か。
こんな事も考えられなかった、という事はまだ覚醒仕切っていないらしい。低血圧は困る。
・・・煙草でもありゃあ、スッキリするのだが。
「吸いやすか?」
と目の前に差し出されたのは、俺が吸っているのと同じ銘柄の煙草。しかも新品だ。総悟は煙草を吸わないはずなのに、と思い顔を上げたら折よく本から顔を上げた総悟と目が合った。
「此処来る途中で売ってたんで買っといたんでさァ。種類、これでいいんですよねィ?」
「あ、ああ・・」
・・本当、俺の事をよく知っていると思う。最初会った時だって自己紹介いらないくらいだったし。それに煙草の銘柄まで覚えてるしタイミングはいいし。
一緒に仕事し始めてまだ一週間くらいしか経っていないのに。記憶力がいいのか、それとも俺の方が表情に出やすいのか。
封を破りトン、と箱を叩き煙草をだす。口にくわえ、火をつけようとしたら、ペラリ、と本を捲る音とともに沖田がボソッと呟いた。
「図書館は禁煙でさァ」
そういえば。大概の図書館は禁煙・飲食禁止だ。本が燃えたりしたら困るもんな。
「・・じゃあ外出てくるわ」
土方が立ち上がると、沖田も本を閉じ立ち上がった。
「別に起きんの待ってただけですから・・一緒に行きやしょ」
借りたのか、分厚い本を鞄に仕舞い沖田はさっさと歩き始めた。
・・・あれは何の本なのだろう。読書、という言葉から三千光年ばかし離れていそうな沖田が、大事に持って帰るような本、とは。
「はい」
外に出た途端、沖田はライターを土方の顔の前に持っていき、火をつけた。
「サンキュ」
それに火を貰い、煙草をふかす。やっぱ頭スッキリするな。煙草吸うと。
視界の隅にライターをポケットに仕舞おうとしたのがうつり、手を握りそれを制した。
「え・・・?」
ふっと力が抜けた隙にライターを掴んだ。
「あ・・。ちょっと、返しなせェ!」
よく見ると、そのライターは有名なブランド品だった。しかも俺が欲しかった物だ。確か、何十万するから買えなかったのだが・・、何故総悟がンなモン持ってんだ?
興味本位で聞いてみた。
「どうしたんだ?ソレ」
「別に」
バッ、とそれを奪い返し、沖田は大事そうに両手に包んだ。十字架を握るクリスチャンのように。
――――大切な、物なのだろうか。
煙草を吸わないのに持っている、という事は。形見、とかか?
「土方さん」
と振り返った時の沖田はいつも通りだったが。
「何だ?」
「今日泊めてくだせぇ」
「・・・・・ハァ!?」
何故こうも突拍子のない事が言えるのか。
「よろしく頼みまさァ」
有無を言わさぬ笑顔に、思わず頷いてしまったが・・・。
って沖田にも過去に何かあったのでしょうか?